特別対談(前編)/麗澤大学様

地域がキャンパスの如く。「ROOTs TTCジュニア育成基金」が子どもたちへ贈るより良い環境づくりとは?

公益財団法人吉田記念テニス研修センター(略名:TTC)では、小さなお子さまから年配の方まで、そして多様な方々が共に楽しむことができるスポーツとしてテニスの普及と発展を目指し、全ての人に開かれた「研修センター」として柏市で活動を続けています。

そして2022年の12月に、新たな支援事業として「ROOTs TTCジュニア育成基金」をスタートしました。その背景としてジュニア育成で抱える資金問題があります。

夢中になれるきっかけを見つけ、世界そして未来で活躍することを夢見てTTCで日々練習に励む多くの子どもたち。それは長きにわたる取り組みであり保護者やコーチをはじめとする支援者には多くの費用負担が求められます。未来の担い手たちの可能性を引き出していくサポート活動が、資金の危機に直面し継続を断念することのなきよう、「ROOTs TTCジュニア育成基金」が始まりました。

さらに、子どもたちの人としての成長には多岐にわたる経験を重ねることが大切であり、地域社会と一体となって応援し、それを支えていく新たな地域創生のプラットフォームを「スポーツ」や「教育」を通じて作り上げていきたい。そうした思いから「ROOTs TTCジュニア 育成基金」、そして応援してくださる方々のヴィジョン (志)を作品として館内展示する「TTC VISION MUSEUM」がスタートしました。

このプロジェクトに直ちにご支援の手を挙げてくださった機関の1つが麗澤大学です。1935年より柏市で知徳一体の教育を実施、学生が思いやりを育み、世界で活躍のできる国際人としての成長を支え続けてきた麗澤大学は、2024年に新たに経営学部、そして情報システム工学とロボティクスの二つの専攻を揃えた工学部を新設予定です。設置許可が下りますと2024年4月に幼稚園から大学院までの一貫した文理融合、文理横断型の教育を実現していく新たなステージへと入ってまいります。

基金の設立・ご支援に至った背景、両機関が思い描く地域の教育やスポーツ機関のあり方、柏市で目指す学びのカタチを麗澤大学の徳永澄憲学長、吉田記念テニス研修センターの吉田好彦代表理事が対談。両機関の熱い思いをお届けいたします。

インタビュアー:「ROOTs TTCジュニア基金」アンバサダー 大坪祐三子   撮影:FILMS inc. 岡部俊雪

取材日:2023.4.26

 


 

人と共に人として成長をしていく目的は何であるかを忘れてはいけない。

吉田代表理事(以降 吉田):

子どもたちが何か夢中になれるものを見つけることも、そこから能力を磨き才能をひきだしていくにしても、ある一定の時間が必要になります。マルコム・グラッドウェル氏の10,000時間の法則がありますが、ある程度のスキルに到達するためには10,000時間の練習が必要と言うことです。10時間ほどを365日毎日練習しても3年間かかります。子どもたちは学校がありますので、毎日頑張っても3時間の練習を週3〜5回ほどです。18歳頃ようやく7,500~8,000時間です。とても長く根気のいる道のりです。「テニス選手になりたい!」と子どもが見つけた夢に向かっていくときに、子供と保護者が頑張るというのは勿論のことで、当然我々も応援、伴走をしていくわけですが、そこだけでは「足りない」。そういうニーズが徐々に増えてきている社会的変化、そのためにやらないとならないことが出てきていること、テニスに限らず日本を代表する選手を目指すジュニアを支援する育成事業には、より多くの方に応援いただける仕組みや体制づくりの必要性を年々強く感じるようになり、「ROOTs TTCジュニア基金」そして「TTC VISION MUSEUM」を立ち上げました。

■TTC VISION MUSEUM

 

昔は子どもの遊びは純粋に「あそび」だったのが、遊びがどんどん教室化し、専門性が上がってきたことも1つ影響としてあるように感じています。早い段階で選手になりたいという明確な目標を持ち練習に励む子どもたちが、能力や才能を開花させていくために、海外留学など早くから経験を重ねていくことが良いこともわかってきた時代に、できたらそうした良い環境を維持・提供して、思いっきり頑張ってもらいたい。こうした思いに賛同くださる方と、応援ではなく「一緒にやっていきましょう!」という思いからこの基金をスタートしました。

大坪:TTCが始まった起源をお伺いしたことがあります。戦後間もない頃、「日本で今後子どもたちが国際社会で活躍していけるためにもどのような環境で教育を提供していくべきか?」地域の皆さまと集まり、お話する機会をよく持たれていたと伺いました。社交性、マナー、いろいろな方と分け隔てなく過ごし、思いやりを育んでいく手段として「テニス」を選択なされたとお伺いしました。

吉田:

私たちが20周年を迎えた際に寬仁親王殿下からお言葉をいただきました。「スポーツをやる目的は何であるかを忘れてはいけない。スポーツをやる目的は、日本人として立派な国際人となること。」そのためには我々は何を考え、何をすべきか問い続けています。

テニスはコートに入ると、外的課題も内的課題も全ての課題を、一人もしくはパートナーとしっかり向かい合い解決しなければなりません。自己申告性のスポーツでもあるので人として私心を鎮め、自分を律することも求められます。またプレイするお相手やパートナーとの共創をしていくコミュニケーションスキルも求められていきます。挨拶のように、人として当たり前のことを当たり前にできることが大切になってくるスポーツだと思います。知・徳・体で学びを深めて習得しながら人と共に人として成長をしていくということがテニスであり、このスポーツの魅力ではないかと思っています。

テニスは単にボールの打ち合いということではなく、人としてのあり方や人との共創の心を育んでいきますスポーツです。こうしたスポーツを行う機会を提供できる場を地域の中にご提案することによって、地域の皆さまに喜んでいただける機会が増えて街の発展に貢献できるのではないかという思いでここを作ったと先代から聞いています。

根幹は変わらないですね。その思いを継承しながら、今後どのように私たちの代に繋げて広げていくかということに挑戦しています。

「人づくり」とは森の木々のように子どもたちを見守ること。

大坪:「ROOTs TTCジュニア育成基金」はそのような思いを背景に、テニスを介して成長のきっかけを見つけた子どもたちや、きっかけを見つけたい子どもたちがその機会を失うことがないように「ジュニア育成事業の運営を維持」「子どもたちの活動支援」をしていくためにスタートさせた基金なのですね。

吉田:

おっしゃる通りです。できているか否かのご評価は周りの皆さまがされるものですが、我々としては最良の施設(インドアコート4面、ドームコート2面、アウトドアコート8面)やコーチ・トレーナーを整えた環境を維持、提供し続けることに取り組んできております。そして何よりも大切にしているのが、この環境を「森の中」で形成し、「森と共に」維持し続けることです。

心地よい新緑の風や森のひんやりとした木陰を感じて感謝をしたり、強風や雨で思い通りにならないことを味わったり、暑い太陽の日差しを受けたりと、自然を身近に感じながら、自分たちではコントロールのできないものと共にどのようにいきていくかを、日常的に感じながら自己の成長を見つめていく環境づくりを大切にしています。人間が好き勝手自分たちのことだけを考えて生きていくのは違うということを、常に考えていくことのできる環境をこの街に維持し続けることを使命にしています。御校もきっと同じようなお気持ちを持っているのではないでしょうか。

麗澤大学 徳永澄憲学長(以降:徳永):

ありがとうございます。本学の前身は、1935年(昭和10年)に廣池千九郎(法学博士)が緑に囲まれた柏市光ヶ丘に開設致しました私塾「道徳科学専攻塾」が前身です。教育は、道徳と英語を根幹とする少人数教育、国内外の有識者による国際性を育む教育、男女共学の全寮制という極めてユニークでした。1959年に麗澤大学を開設し、これらの伝統を受け継ぎ、知徳一体の教育理念のもと、世界と地域に貢献する「品格あるグローバル人材」を育成しております。現在は、幼稚園、中学・高等学校、大学・大学院を擁する廣池学園として発展しております。

こうした中、一貫して我々が大切にしているのが「道徳」を通じた、知育と徳育が常に一体となった「知徳一体」の教育です。グローバルに活躍できる人材として成長するためには、「道徳と繋がった知識」を学んでいくことが欠かせないと考えています。そしてそのためには、教育環境として、緑を保持しながら森の中で学生を育てていくことが重要だと考え、森と共存していく校舎づくりを今日まで続けています。

さらに、人間の成長には、知育と徳育と共に、体づくり、強い土台づくりが非常に大切であると思っておりまして、廣池学園はラグビー、テニス、ゴルフなどのスポーツにも力を入れています。

本学は車いすテニスで世界を舞台に素晴らしい活躍をした国枝選手を輩出することができましたが、TTCの皆さまと一緒に国枝選手をサポートし、育ててくることができましたように、「スポーツの力をお借りして」知徳一体の教育で、世界と地域に貢献する「品格あるグローバル人材」を育ててまいりたいと思っております。

モラロジー(道徳科学)、そしてマナー。思いやりは「全ての根幹」

大坪:麗澤大学では「モラロジー(道徳科学)」、そしてTTCでは「マナー/3つのお約束」という行動指針を掲げ、両校ともに仲間との学習体験を通じて「思いやり」を醸成していくことを掲げています。その思いやりを子どもたちが育んでいくために「スポーツ」が有効であるというお考えが背景にあると伺いました。

吉田:

3段跳び織田幹雄さんのご子息、織田和雄さんと東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定した直後に、偶然会食で席が隣になりお話をする機会をいただきました。その際に織田さんが『日本は「おもてなし、おもてなし」と皆で言っているが私はそれは少し間違っていると思う。日本は古来より「思いやり」の国であって「おもてなし」の国ではない。おもてなしはお金が動く、つまりビジネスだ。日本の心を説明するならばお金の動かない「思いやり」こそが本来正しい表現で、日本は昔からずっと思いやりに満ちた国だ』と。とても納得しました。

相手を思いすぎでしまい、日本人の一歩引く文化が勝負の世界では時にネガティブに捉えられることもありますが、人として相手を思いやることは、スポーツという勝負の世界においても最終的に相手を称え合うことにつながっていくわけですから、思いやりは私の中で一丁目一番地だと思っています。

徳永:

麗澤大学でも「思いやり」が知徳一体の教育の「核」の部分になると考えています。「麗澤」の名前は中国の古典「易経」から取ったもので、「並んでいる沢がお互いに潤し合う姿は喜ばしい。立派な人間になろうとする者が志を同じくする友と切磋琢磨する姿は素晴らしい」という意味です。創立者廣池千九郎は、このことを踏まえて「麗澤とは、公平無私な態度ですべての物を育んでいく、思いやりの心を育てること」であると説いております。

「夢に向かって、ふりきれ!」というメッセージをVISION MUSEUMに今回理事長と一緒に考えてご提案させていただきましたが、思いやりの心や切磋琢磨する力は一日二日で身につくものでも、また言葉で教えるだけで涵養できるものでもありません。子どもたちが長い年月をかけて失敗や成功を重ね、様々な経験を積み重ねながら自ら身につけていくものだと思います。

子供たちが「思いやりの心」を持ち、「グローバル人材」として活躍するために、地域に根ざした教育システムを堅持し、その一貫性を保つことは非常に重要ですし、また、地域の方々と協力してこのような活動を継続していくことも大切です。TTCさんとこの度「ROOTs TTCジュニア基金」を通じて活動をご一緒させていただきたいと思いました1番のきっかけがここにあります。

「麗澤」という語は、中国の古典「易経」(巻十五 下経 兌)の「象曰、麗澤兌。君子以朋友講習」(象に曰く、麗ける澤は兌びなり。君子以て朋友と講習す)という言葉からとったものです。「並んでいる沢が、お互いに潤し合い、周囲の草木もその沢の水のお蔭によって青々と生い茂っている。この様子はまことに喜ばしい限りである。これと同様、立派な人間になろうとする者は、すぐれた師のもとで、志を同じくする友と切磋琢磨し、人格の完成を目指すと同時に、周囲の人々にもすばらしい影響を与えてゆくよう努力すべきである」というのがその要旨です。創立者である廣池千九郎はその精神を、「麗澤は、太陽天に懸りて、万物を恵み潤し育つる義なり」と説明しています。すなわち、麗澤という語は、太陽のような光明(知恵)と温熱(慈悲)とを併せもって、公平無私な態度で万物を育成するという意味です。

※HPより引用 https://www.reitaku-u.ac.jp/about/branding/

大坪:大切になされていることに共通項の多い麗澤大学とTTCですが、国際社会で活躍のできる人財育成のための「環境」の要素として「人」や「自然」のあり方にもお考えがあると伺っています。

吉田:

学校にお邪魔した際に、屋根や廊下など建物がわざわざ木を避けながら建てられているのを見て、一人で勝手に嬉しくなってしまいました、「同じ気持ちだ!」と。昨年よりTTCの森の木も高齢化が進み、病気や巨木化などで手を入れていく必要が出てきてしまいました。止む無く幾つかの木を切る作業を入れましたが、とても胸が痛くなる複雑な思いで過ごしています。断腸の思いです。木を切る音、ズドーンと倒れるときの木が泣く声は今でも聞くことができません。

森の木々は何があろうと、どんな日であろうと、常に黙って立ち続けて私たちを見守り続けてくれているのですよね。私たちがどんなことをしていても、私たちの吐き出す二酸化炭素で光合成をして空気を浄化してくれたりと。もう、感謝しかありません。共存するには勿論大変な手間暇がかかりますので、文句を言いたくなることも沢山あります。秋に大量の落ち葉が施設に落ちてくる季節などは、つい文句が出たりもしてしまいます(苦笑)。ですが、それよりも何よりもやはり、どんな時でも常にそこに居続けて、黙って見守り続けてくれる存在が在るということは何にも変えがたいものです。

徳永:

我々も止むを得ない状況以外には、木は切らずにそのまま大切にする方法を考え続けます。草木を大切にする姿勢は人間を大切にすることとも密接に関連しています。草木を大切にできない人間が人間教育なんてできないだろう、と我々は思っています。

しかし、木が大きくなりすぎると、地中の根が電源を破損し大停電になったり、様々な問題が絶えず発生します。安全面などの理由でどうにも対応ができず、止むを得なく木を切る決断をしなくてはならない時があるのですが、そういう時は大変です。木を切る理由があっても、伐採すると先生方から「なんで切ったんだ!」と、抗議の電話がきます。それくらい先生方も学生も、学園の森の木をとても大切に想っています。

大坪:TTCそして麗澤大学らしい、愛情に溢れるエピソードです。口の聞けない草木に対しても最後の最後まで諦めずに、命そして個性を尊重して共存共創の道を模索していく。そのような環境を通じて子どもたちに思いやりを育んでいく経験や時間をご提供されようとご尽力なされていることが伝わってきます。お相手を変えることなく、自分を変えて共創の道を見つけていくことを自然豊かな環境の中で子どもたちが見つけていくのですね。

吉田:

おっしゃる通りです。陽が当たらなくなっても、木は文句を言わず、陽が当たるように自分の枝葉の形を変えていきます。すごいものです。

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